くたびれ社会人は外に出ない

映画の魅力と少しの知識をあなたに

自分の居場所を見つける事、作る事【ソーシャル・ネットワーク】

コミュニティにおける「居場所」

高校というユートピア

ユートピア」という表現を各所で観ると思います。これはイギリスの思想家トマス・モアの著書であり、そこに出てくる架空の国家の名前です。「理想郷」や「無何有郷(むかゆうきょう)」なんて表現されることが多いですね。ユートピアの語源は、ギリシア語の「オウトピア」=「どこにもない場所」に、接頭語の「eu-」=「良い」がついて、「素晴らしくて良い場所であるが、どこにもない場所」であると言われています。皮肉ですね。

 

以前の記事で書いたと思いますが、私は高校時代ほとんど友達がいませんでした。その代わり、高校というコミュニティの「外」で、友人を沢山作りました。親は行くことに良い顔をしていませんでしたが、ゲーセンに通ってました。そこで沢山の友人を作りました。お世話になってばかりでしたけど、彼らの話は高校生の私には刺激的で、知らない世界を沢山教えてもらいました。彼らとは今でも遊ぶし連絡を取る一生物の友人になりました。

個人的な見解ですが、高校という、おおよそ価値観、育ち方が似る環境において得られるものなんてさほど多くありません。あくまで、大学生になるための勉強を教えてくれる場所です。生きていくために必要な科目なんてせいぜい政治・経済くらいです。

おそらく、統計的に高校という環境で楽しい経験をした人の方が多いでしょう。これは負け惜しみですが、「高校生の時悪かったわwww」みたいなやつはろくな大人にならないと思ってます。

本当は、高校生の時にしか出来ない、「狭い世界」で形成されるバラエティに少しでも参加してみたかった。

昨今のアニメの大半の舞台は「高校」ですよね。「あんな高校生活を送ってみたかった」なんて思う人も少なくないはず。私たちは、知らず知らずのうちに、高校にありもしない「理想」を抱いているのかもしれません。

しかし僕は、「ゲーセン」というコミュニティを見つけました。

大学という心理社会的モラトリアム

一般的に「モラトリアム期間」と呼ばれている大学生。意味的には、学生など社会に出て一人前の人間となるのを猶予されている状態を指す言葉です。

僕は浪人という期間を経て、一般的な大学に入って、「アカペラサークル」に入りました。当時は「ハモネプ」を夢見てこのサークルに入ったんですよね。

僕はこのサークルを丸2年で辞めます。理由は「コミュニティに属している人間との価値観の乖離」でした。サークル員には「過度なモラトリアム期間の延長」をする人間、「コミュニティの中の生活」しか送らない人間が多く、「酒を飲めるやつが偉い」みたいなしょーもない風潮がありました。バカバカしくて辞めました。

半強制的にサークルに従事する生活から僕は逃げて、奇跡的に浪人の頃から同じだった友人と、その周りの友人と残りの「モラトリアム期間」を謳歌します。

なんとなく友人の家に集まり、ゲームをして、飯を食べて、次の日の授業に遅刻していく。研究室に朝方まで篭って、親友と共通の友人の家に帰る。そんななんでもない生活が素晴らしく居心地が良かったんです。

しかし、この小さく居心地の良かった環境も、一人の「モラトリアム期間の延長」で壊れてしまいました。いつまでも続く居心地の良い環境なんて、そうあるもんではないんですよね。

今回取り上げる映画

今回紹介する映画は僕が進みたい道を決めてくれた映画です。子供が「仮面ライダーになりたい!」って言うのと同じです。僕の中にある仮面ライダーのような存在が、今回の映画の主人公です。今日は私のヒーロー紹介の記事です。

あれ?この記事、ただの日記やん、みたいな感じやと思ってませんか?壮大な前書きを書いてしまい、この後の映画紹介が尻すぼみする感満載です。頑張ります。

映画「ソーシャル・ネットワーク」について

この映画はSNSサービス「facebook」が出来るまでの自伝のような映画です。

理系大学生であるという強さ

この映画の主人公は後に「facebook」を作ることになる「マーク・ザッカーバーグ」。

彼はハーバード大学のゲロ理系ということで、友人とあるサービスを作ります。

その名も「ConnectU」。これはハーバード大学の生徒同士が繋がり合うSNSの走りで、これがのちの「facebook」になります。

彼がこれを作り上げるまでの過程があまりにも理想の理系大学生すぎるんです。

サービスの形態を考えるために透明のボードにアイデアを書いていくシーン。魅力的すぎる。彼と周りが切磋琢磨していく様子は私がなりたかったエンジニア像そのもの。

彼はこのサービスを作るエンジニアを確保するために、ハッキングコンテストを開きます。大学生4人の前にノートパソコンが置かれ、1人がある条件を満たせば、他の3人がショットのテキーラを入れていくというもの。高学歴かつ、パーティ耐性のある理系のみができるこのイベント。理想過ぎへんか?

といった感じで、この映画に出てくる理系はみんなカッコイイのよ。

ソーシャル・ネットワーク

まずはいつも通りあらすじから。

世界最大のソーシャルネットワーキングサイト「Facebook」創設者マーク・ザッカーバーグの半生を、鬼才デビッド・フィンチャーが映画化。2003年、ハーバード大学に通う19歳のマークは、親友のエドゥアルドとともに学内の友人を増やすためのネットワーキング・サービスを開発する。そのサービスは瞬く間に他校でも評判となり、ファイル共有サイト「ナップスター」創設者のショーン・パーカーとの出会いを経て、社会現象を巻き起こすほどの巨大サイトへと急成長を遂げるが……。

まあ、なんて言っても魅力的なのは監督がフィンチャーで主演がジェシーアイゼンバーグってとこよね。私の一番好きな俳優です。ジェシーアイゼンバーグの話もしていきましょう。

ジェシー・アイゼンバーグ

彼は通称「オタク系イケメン俳優」。やたら早口が得意なんですよ。アニメ「四畳半神話大系」における、浅沼晋太郎みたいなもんですね。

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かっこええなぁおまえな



彼の演技のいいとこは、なんといっても「皮肉」と「早口」。本心で言ってないな、があまりにも上手なところと、理詰めによる早口。しかも顔がタイプ(これは個人的な話)

アメリカでいうNerdな人種を演じるのが得意で、映画「ゾンビランド」では、思う存分発揮。

彼を「見たことがある!」って思う人は、おそらくグランドイリュージョンの視聴者ではないかと思われます。後々、グランドイリュージョンについて紹介するので、またその時ゆっくり執筆します。

おおまかなあらすじ

映画のオープニング。ハーバード大学2年生のマーク・ザッカーバーグと、ボストン大学に通うガールフレンドのエリカがダイナーで話すシーンが、約5分間続きます。ものすごいテンポで、とぎれなく会話が応酬され、マークに呆れたエリカは彼と別れる決意をします。ここでマーク・ザッカーバーグのキャラクターが非常に鮮明に伝わって、そのキャラクターに観客は引き込まれます。

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あまりにも自然すぎる演技



このシーン、「99回」のテイク数があったとされ、ここにフィンチャー(監督)のこだわりが見えますね。実際、映画の冒頭って、のめり込めるかどうかの瀬戸際ですからね。サメの映画と一緒。サメの初登場シーンが寒いと、冷めちゃう。そんな感じ。

マークは友人エドゥアルドと創業者を集めて、connectUを大きなサービスにする事を方針付けます。彼等の良い所は、それぞれがユニークなスキルを持っている中で、確かな役割を持つ人間もいれば、金だけを持ってる木偶の坊みたいなやつ、まとめてひとつの組織として活動する所なんです。適材だけを集めて、小組織を作り上げていきます。切磋琢磨している様子は、研究室にいた自分を思い出させます。

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理想の理系大学生

結果、ConnectUは「facebook」として学内限定でサービスを展開し、人気を博します。彼らの事業は次のステージへと進みます。

facebookについてひょんなきっかけから知った「Napster」の創設者、ショーン・パーカーが彼らに目を付けます。彼はサイトを通じて、マークに声を掛けます。facebookスポンサーを探しに来たマークとその友人エドゥアルドは、ショーンと面会してビジネスの相談を持ち掛けようとするが、ショーンの一方的な「独演会」となってしまいます。自分の考えをまくし立てるショーンに対し、エドゥアルドは人となりに疑いを抱く一方、マークはその考えに魅了されていきます。

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ショーン(左)とマーク(右)

徐々に、マークとエドゥアルドの間の考えや方向性の違いが如実に表れてきます。元々はいいサービスを作るために切磋琢磨していた二人ですが、ずっとあの頃のままの関係でいることはできないのです。

ショーンのおかげでfacebookは巨大なサービスとして成長し、成功する一方で、マークには疑問や情による葛藤が消えませんでした。

続きはこの映画を見てくださいね!

 

居場所を選ぶということ

マーク・ザッカーバーグは、才能がある故に、彼を狙う人間、資産を狙う人間がこの映画には出てきます。彼はこの映画の中で、極めて論理的な考え方を根幹に、無慈悲な行動を取ります。

情というものは人生において、ろくな行動を取らせません。なぜならそこには、あなたにとって「マイナス」になる要素を包含しているからです。私が大学生のときにサークルを辞めたように、居場所を変えるということには、多少なりとも葛藤があります。その点彼には、「利益を追い求める」という合理的な考え方を持ってます。

私たちが人間付き合いをする上で、身を置く場所を考える、というのは必要不可欠な要素。そこに正解なんてないと思っています。ゲーセンで私が教わったことなんて、生きていくうえで必要のないことがほとんど。たくさんの友人から、悪いことを沢山教わったと思います。しかしこの環境で私にとって「マイナス」に働いたことはひとつもありません。彼らには感謝しかありません。これは情でもなくなんでもなく、私の私利私欲のまま動いた結果です。とはいえ、情で動くのも理由としては間違いないはず。

私は、居場所を選ぶ上で正解なんてない、と思うのと同時に、見極めることは必要だと思っています。当然そこには、メリットがあればデメリットがあります。「ユートピア」なんてどこにもないんです。

彼は「利益」を最大限に追い求めた選択をします。理想ではないと思います。ただ、この映画を観て、あなたの居場所の指標ができればな、なんて私は思うわけです。